〜フルール〜周防高幸の後悔116

そのゾッとするやりとりを横目に見ながら兄弟は夏子より先に大人になった。

母親が兄弟に最低限しか関わらなかったことも幸いし、兄弟は普通に仕事につき家を出た。

仮面夫婦は表向きのみ円満だったが家庭内別居は20年近く続いていた。

夏子が最初に問題を起こしたのは7年前。

進学塾に通っていて、1年先輩のべつの高校に行っている男子を『好き』になり、電話と手紙、尾行などでストーカーと化した。

その男子は将来医療従事者になるための勉強をしていて、夏子の状況が母親による支配と洗脳だと早くに気付いていた。

兄弟への接触はその男子からで、母親から離しても今からでは遅いこと、思考の矯正には時間と本人の意志、家族の協力がなければ出来ないこと、特に母親は絶対に夏子を離さないであろうこと。

自分は進学のために東京を離れるが、夏子は追って来ないだろうこと。

そして、今後何かしら他の人間に対して事件を起こす可能性があること。

『僕に高橋さんが好意的なのは、お母さんが僕をほめたからだそうです。お母さんが良いと言ったから、僕が良いんだそうです。それって、恋愛だと思いますか?』

『高橋さんにも感情はあります。でもベクトルが違う。お母さんに向いているんです』

絶対的で夏子に対し強権を持つ母親。

母親に従ってさえいれば何も悪いことは起きないと信じ、思い込んでいる娘。

『高橋さんはかわいそうだと思います』

最後にそう告げた男子は、大学に受かると早々に東京からいなくなった。

いなくなると夏子は熱が冷めた様子で、なんの素振りも見せなくなった。

数ヶ月ほどして、ぽつんと、『あたしの好きになるひとは、ある日いなくなっちゃうんだ』と、実に言った。実は言い返そうとして、でもまた口を閉じた。理解してくれないだろうと思ったからだ。

それから夏子は一度就職をする。その勤め先で誘われ、あろうことか不倫をしてしまった。

さすがの母親も激昂。しかし、相手はその会社の創業者一族で、慰謝料を払って終わりにしてしまった。…おそらく初めて夏子が自分から『好き』になった相手だった。

それから夏子が壊れた。

壊れた、のだと思う。引きこもり、奇声をあげて泣く。クッションを振り回して部屋を荒らす。服はハサミで切った。

眠れず、食事もままならない夏子に手を焼いた母親が重い腰をあげて連れて行った病院で、夏子は周防に出会う。

優しくてキレイな周防。患者の中には熱心なファンも多かったが本人は女性NG・男性オンリーな人で。

…ちょうど良い、と思ってしまった。

偽装結婚でも出来れば(厄介払い出来れば)いいんじゃないか?

徹底的に周辺を当たった。他に見合い話があるわけでもなく、家柄もよく、腹違いの姉たちもそれぞれが優秀で文句ない。本人さえ頷いて、偽装結婚してくれればいい。

ゆっくりと周りを囲って、と幹二と実が思っていたら夏子がいきなりストーカーと化した。

病院側から呼び出された場にはすでに弁護士がいて、このままなら裁判までやると言われたら下がるしかなかった。

幹二は周防に何かしら罪を着せてもみ消す代わりに…ということをやろうとしたみたいだが、周防に私的な身辺警護がついたことで断念したらしい。